摂食障害の治療に関する英国のNICE ガイドライン(Clinical Guideline9)は、2004年に公開されましたが、2017年に改訂版Eating disorders:recognition and treatment (ng69)が公開されました。National Institute for Health and Care Excellence (NICE)に改訂版の翻訳許可を申請しましたが、許可料が高額のため翻訳のめどは立っておりません。日本摂食障害学会のHP内にリンクを張る許可は得たため、リンクを掲示します。改訂後も根本的な治療ポリシーに大きな変更はありませんが、10年以上の治療経験や治療効果エビデンスが蓄積し、治療推奨の詳細には変更があります。ご参考のために、2004年版との主な変更点を挙げます。
2019年11月6日 日本摂食障害学会 国際交流委員会
<全般的な変更点>
①全般的に2004年版より分量が増え、記述も詳細になっているが、特に、各疾患の治療の説明の前の全般的注意の部分が詳細になっている。その記述は、「当事者は症状について話しにくいかもしれないこと、恥かしさを感じているかもしれないことを理解する」「本人と家族が摂食障害をどのように理解しているか確認してから評価を始める」など、スティグマへの配慮や治療者と当事者の関係を踏まえた記述が増えている。2004年版では「心理教育が重要である」のような記述が多かったが、2017年版は、読者側が心理的治療の基本的な知識と技術を持っていることが前提になっていると考えられる。
②治療担当者にはトレーニングやスーパービジョンが必要であること、EDE-Qなど何らかの治療効果を測定する手段を用いながらの治療が望ましいことが強調されている。
③児童思春期の患者については、いじめ、虐待等の可能性を常に念頭に置くことが明記されている。
<神経性やせ症の治療についての変更点>
①特定の治療を提供しない場合も、心理教育、体重や心身の状態のモニタリング、多職種連携、家族との連携(連携が適切な場合)が重要であることが明記された。
②成人の場合、心理的治療として、eating-disorder-focused cognitive behavioural therapy (CBT-ED), Maudsley Anorexia Nervosa Treatment for Adults(MANTRA),Specialist supportive clinical management (SSCM)の3種が明記された。
③上記心理的治療を一つ提供しても、本人に受け入れられない(unacceptable)、治療者から見て勧められない(contraindicated)、効果がない(ineffective)場合は、上記3種の残りのいずれかを試すか、摂食障害に焦点を当てたfocal psychodynamic therapy (FPT)を提供することが明記された。
④児童思春期については、摂食障害に焦点を当てた家族療法family therapy for children and young people(FT-AN)を実施するがそれが、受け入れられない、勧められない、効果がない場合は、CBT-EDかadolescent focused psychotherapy for anorexia nervosa (AFP-AN)を実施することが明記された。
⑤専門治療が無効、あるいは本人が専門治療を希望せず、かつその時点で病状が重症でない場合は、かかりつけ医に戻し、かかりつけ医がケアすることが明記された。この場合も、希望すればまた専門治療を受けられることを伝え、上記①の内容のケアをかかりつけ医で実施することが明記された。
⑥薬物療法については、神経性やせ症の唯一の治療法として薬物療法を用いてはいけないことが明記された。
<過食性障害binge eating disorderの治療についての変更点>
①ガイデッドセルフヘルプが受け入れられない、勧められない、4週間効果がない場合、グループCBT-EDを実施することが明記された。
②グループCBTが近隣で実施されていなかったり、当事者に通う意志が無ければ、個人CBTとすることが明記された。
③薬物療法は、過食症性障害の唯一の治療法として実施してはならないことが明記された。
<神経性過食症の治療についての変更点>
①ガイデッドセルフヘルプを行うが、受け入れられない、勧められない、4週間効果がない場合、CBT-EDを行うことが明記された
②薬物療法については、詳細は記載されず、神経性過食症の唯一の治療法として薬物療法を用いてはいけないことが明記された。
<併存する身体疾患、精神疾患に対する治療についての変更点>
①糖尿病、骨粗鬆症、成長、妊娠と出産などについて、各疾患の治療推奨の後に別項が設けられ、記述が詳しくなっている
②神経性やせ症の薬物療法に関連した心電図チェックの必要性などの注意は、2004年版では神経性やせ症の治療の部分にあったが、精神疾患への対応の部分に移動した。
<入院治療についての変更点>
①極度の低栄養状態の対応に対し、英国精神医学会が出版しているMARSIPAN, Junior MARISIPANを参照するようリンクが設けられた。MARSIPAN(Management of Really Sick Patients with Anorexia Nervosa) は、低栄養のために内科病棟に入院したケースで、内科医が再栄養症候群を恐れるあまり、underfeeding 状態となったことによる死亡例の検討を経て作成されたものである。NICE摂食障害ガイドライン2004年版出版後に公開されたもので、Refeeding とunderfeeding両者への注意が書かれている。Junior MARSIPANはこの児童思春期版である。
参考文献(2004年版の主要項目の翻訳を掲載)
西園マーハ文:摂食障害治療最前線:NICEガイドラインを実践に生かす.中山書店、2013